つばきちゃんは絶対にシロ!最高に面白い『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』

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つばきちゃんは絶対にシロ!最高に面白い『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』

つばきちゃんは絶対にシロ!最高に面白い『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』

『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』

この映画を初めて観たのは10年以上前。

エンディングでは、「しんちゃんかわいそうううう!!!つばきちゃーん!!!」と寂しすぎて泣いてしまった記憶がある。

 

夕陽のカスカベボーイズ

 

今日AmazonプライムでBGM替わりになる映画を探していたところ、この映画を見つけて部屋のテレビで流していたが、いつの間にか夢中で見入ってしまった。

 

気がつけば、「しんちゃんかわいそうううう!!!つばきちゃーん!!!」と、26歳にして再度泣いてしまったのであった。

 

映画を観ていて、つばきちゃんってシロじゃね?と思い調べたところ、

「つばきちゃんはシロである」

という、つばきちゃん=シロ説がネットで溢れかえっていた。

 

我は確信した!つばきちゃんは絶対にシロなのだ!!!

なぜシロが映画館にいたのだろうか?

カスカベ防衛隊のみんなが映画館で消え、野原一家でカスカベ座へ向かう際、シロだけを家に置いていくシーンがある。

そして、映画の世界から現実世界に帰ってきたとき、しんのすけはシロと再会した喜びで、つばきちゃんとの別れの悲しみが一気に吹き飛び、シロもしんのすけと会えたことで涙を流して喜ぶ。

 

なぜしんのすけは、シロと会ったことでつばきちゃんとの別れの悲しさが一気に吹き飛んだのだろうか?

つばきちゃんよりも大切なシロに会えたからだろうか?
そうだとしたら、つばきちゃんに対して少しあっけないのではないだろうか?

おそらくシロに会えた喜びと、描写はないがシロの中につばきちゃんを感じたのではないだろうか?

 

そして、なぜシロが最後映画館にいたのだろうか?

しんのすけたちが映画の世界にいるなら、匂いもないのに何を頼りにカスカベ座に来られたのだろうか?
演出といえど、エンディングの絶妙な間でシロがしんのすけたちに会いに来ることなどできただろうか?

 

 

シロは家からカスカベ座へ向かった野原一家を見て、ただ事ではないと後を追いかけてきたのだ。

そこでシロも映画を観て、あの映画の中に引きずりこまれてしまったが、犬のため「つばき」という14歳の少女、中途半端な年齢の人間に変えられてしまったのだ。

尚、つばきちゃん以外に中高生位の年齢のキャラクターは登場しない。

 

シロは犬というイレギュラーケースのため、中途半端な年齢の人間に変えられ、現実世界に戻ってきた際には、みんなとは違う別の部屋に戻ってきたのだ。

 

よってつばきちゃんは、人間以外の動物で唯一カスカベ座の映画を観たシロなのだ!

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つばきちゃんの服装、裸足に白パンツ

この映画では、つばきちゃんだけ作中ずっと裸足(はだし)なのである。(最後を除く)
なぜなのだろうか?

それは、つばきちゃんは犬、シロだからである。

シロが映画を観て映画の世界に入り込んだ際、裸足だったため、そしてシロは靴を履く習慣などないため、つばきちゃんもずっと裸足なのだ。

 

また、しんのすけがつばきちゃんを助けるシーンで、つばきちゃんのパンツが見えるシーンがある。
そのシーンでつばきちゃんのパンツの色は白色なのだ。

つまりシロなのだ!

 

よってつばきちゃんはシロなのだ!

映画監督の言葉

この記事を書く前に「つばきちゃんはシロ説」を調べに調べ、この夕日のカスカベボーイズを製作した映画監督のブログもチェックした。

【外部リンク】月夜の上機嫌 水島努監督のブログ

 

【水島努監督のブログ引用】

☆「つばき」は「シロ」なの?

ずいぶん前ブログのコメント欄にも書いたのですが、少なくても製作中はそんな意識はありませんでした。
カスカベボーイズ」はシナリオが完璧でない状態で実作業に入っており、特にラストのくだりは「しんのすけは何かをきっかけとして立ち直る」みたいなことしか(自分のせいですが)書かれてありませんでした。

「そうだ。立ち直るきっかけはシロにしよう!」と思いついたのはずいぶんと後のことでした。
なのでつばきがいなくなって変わりにシロがやってきた、というのははっきりいってたまたまです。

ただ、初号試写(はじめて冷静に、一本通して見られる状態)のときに、「つばきとシロ」は何か関係がありそうに見えるなあと、無責任に思ったのも事実です。
意図としては「違う存在」だけど、そうかも知れない。というのが正直な私の答えです。

 

☆つばきは何で一人だけはだしなの?そして何でラストは靴をはいているの?

結果として裏設定になってしまったのですが、つばきは今作品のボス役、「ジャスティスラブ」の前でなんらかのミスをしてしまい、それ以来「靴はくの禁止!」という理不尽な言いつけを受けたのです。そのためずっとはだしでいます。

ラストは、幸せなシーンなので、靴をはかせています。

 

【コメント欄の水島監督の言葉】

「つばき」というキャラは映画の住人です。
親はいないと思います。

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つばきちゃんは絶対にシロなのだ!

上記の水島努監督の言葉。

 

>つばきがいなくなって変わりにシロがやってきた、というのははっきりいってたまたまです。
>「つばきとシロ」は何か関係がありそうに見えるなあと、無責任に思ったのも事実です。
>意図としては「違う存在」だけど、そうかも知れない。というのが正直な私の答えです。

 

監督の意図としては、つばきちゃんはシロとして書いたわけではない。
ただ全てを通してみた時に、関係がありそうに見えると気づいた、とのこと。

 

製作中はそんな意識がなかった、ということは、製作後はつばきちゃんはシロであるという意識が芽生えたということ。

 

そうかもしれない・・ということはそうなんです!

水島努監督がそうかも知れないと明言した時点で、つばきちゃんはシロなのだ!

これはもう考え方の問題になってしまうかもしれないが、つまり!つばきちゃんはシロなのだ!

 

つばきちゃんが作中裸足でいる件については、

>「ジャスティスラブ(敵キャラ)」の前でなんらかのミスをしてしまい、それ以来「靴はくの禁止!」という理不尽な言いつけを受けたのです。そのためずっとはだしでいます。

と記載がある。

 

だがしかし!

この映画を見たいくばくの人が「裸足=犬=シロ」と解釈するということは、つばきちゃんはシロなのだ!

監督自身も気づいてない、知らず知らずのうちに、つばきちゃんはシロという設定でこの映画を書き上げたのだ!

つまり!つばきちゃんはシロなのだ!

つまり!つばきちゃんは絶対にシロなのだ!

 

 

・・と狂気じみた記事になってしまったが、我の言いたいことは以上。

つばきちゃんという存在がしんのすけの頭の中で無くなってしまうのが寂しいからね。

しんのすけがシロに恋していたと考えると少し違和感があるのは確かだが・・。

 

創作物、いわゆる二次元に対しては、夢や様々な説があった方が面白いとは思うが、他の人たちは水島監督のブログを見て、そしてこの映画を見て、「つばき=シロ説」についてどう思うのだろうか・・。

なぜこんなに熱く語ったのかはわからないが、臼井義人氏が亡くなる前のクレヨンしんちゃんは、映画も毎週のアニメもとってもとっても大好きで、今日は昔を懐かしむことができた、そんな一日であった。

 

では、さらばだ。